東京2020オリンピックでは、BMX・スケートボードが開催された有明アーバンスポーツパークでPRS(プレス・メディア対応)として、パラリンピックでは幕張メッセでパラテコンドーのTEC(テクノロジー)として活動しました。ボランティアではないですが、東京都町田市のオリンピック聖火ランナーにも選出していただきました。
普段はサッカーJリーグの川崎フロンターレのボランティアに定期的に参加しています。他には、東京マラソン・横浜マラソンなどの市民マラソンや、地元の町田ゼルビア(Jリーグ)やペスカドーラ町田(フットサル)のボランティア等にも出没しています。
オリンピックでのボランティアをきっかけにスケートボードの魅力にすっかりはまってしまって、この歳にしてスケートボードを始め、世界大会であるX Games Chibaでもボランティア活動を楽しんでいます。
スポーツボランティア以外だと、首都直下型地震等の緊急時に外国人サポートを担う東京都防災(語学)ボランティアや、東京都観光ボランティアです。防災(語学)ボランティアは幸いにもまだ出動要請は来ていませんが、平時における研修や防災イベントなどにボランティア参加して勉強させてもらっています。あとは子どもたちに英語を教える教育ボランティアなど、割と手広くやってます。変わったところだと選挙ボランティア。選挙初日に掲示板にポスター貼ったりするんだけど、実に多様な人たちと関わるので経験値めちゃくちゃ上がります。
川崎フロンターレを1997年設立当初よりゴール裏サポーターのひとりとして応援してきました。今でこそ毎試合チケット完売となるスタジアムですが、中村憲剛さんも良く言ってますが、かつては観客数1000人、2000人が当たり前で、雨の平日ともなれば1000人を下回る日もあったくらいだったんです。そんなチームのファンやサポーターを1人でも増やしたくて、当時としては珍しいウェブサイトを開設したり、サポーター独自のアウェイツアーを企画したりと、様々な事をやっていたのを覚えています。今振り返ると、あれもある種のボランティア活動だったのかなぁと。子どもができてからはメインスタンド席でのんびりと観戦していたのですが、2017年のJ1リーグ初優勝を見届けると、もう一度チームのために貢献したいという想いが湧きおこり、チームの公式ボランティア組織に参加しました。なので、正式な組織・団体に所属してのボランティア活動というのはそれほど長くはありません。
普段の仕事とは全く異なるアプローチから、成長する機会を得られる点が楽しくて仕方ありません。実際に自分自身はもちろんのこと、周囲の仲間が成長した事を感じられた時には、ニヤニヤが止まらないですね。そして多くの出逢いがある事も忘れてはなりません。老若男女、実に多様性豊かな人たちとの交流を通して、たくさんの刺激をもらっています。
東京2020をきっかけにスポーツボランティアだけでなく様々な形のボランティア活動を知ることが出来ました。自分の持てる力やスキルを誰かの役に立てるチャンスがあるのならば、これまで自分が過ごしてきた素敵な人生に感謝しつつ、それをもたらしてくれた社会に少しずつ恩返しする事を続けていきたいと思います。そして、このような動きが広く社会に浸透し、一時的なものではなく「文化」としてこの日本に根付き、多くの人が当たり前のようにボランティア活動を通して共助しあう‥‥そんな素敵な社会が誕生するといいなぁって思います。ハロー・ボランティアはそうしたボランティア文化醸成を後押ししながらも、私自身、多くの人たちと楽しく交流できる場になることを望んでいます。